2009-04-24

■NHK、今夜もトップニュースは草彅ちんぽ

NHK的にはこれが今、日本で最も重要なニュース
(ニュースウオッチ9 09年04月24日21時00分)
「公共放送」は何を基準にニュースをチョイスするべきか?

ラストニュースも草彅ちんぽ


(参考資料)

裸の逸話 - 笑福亭鶴瓶 [wikipediaより]

* 笑福亭一門が集まる宴会では、常に裸踊りを披露していた。
* 1975年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)の「独占!男の時間」(生放送)で股間を露出したうえ、カメラに股間を押し付け、さらに社長の大事にしていた時価数百万円の錦鯉を踏み殺すという暴挙を働いた。これは担当ディレクターの傲慢な態度に反発しての行動であった。司会の山城新伍の計らいで番組最終回に出演したが、そこでさらに肛門を見せた。事件を重く見た東京12チャンネルは、鶴瓶を無期限の出入禁止とした。この処分は2003年、系列のテレビ大阪制作、『きらきらアフロ』の東京収録により、28年ぶりに解禁された。
* その後、2008年6月16日『きらきらアフロ』で共演している松嶋尚美の結婚記念の『きらきらアフロ』生放送スペシャルで、前の番組の『メガスポ!』に引き続いて33年振りにテレビ東京系の生放送番組に出演した。その際、「祝、33年ぶりテレ東生出演」と書かれたタスキをつけた。
* 初期の『ヤングタウン』担当時、鶴瓶はスタジオに現れると、全裸になってからハガキの選定作業に入るのが常だった。1976年、放送禁止用語を連発し2ヶ月ほど謹慎処分になったこともある。また中森明菜をゲストに迎えるにあたり、鶴瓶自身の提案で、鶴瓶はおろかディレクターなどスタッフ全員が全裸で中森の入りを待ったことがある。なお先に入ったマネージャーたちの反応で悟ったのか、中森は全員がパンツをはくまでスタジオに入ろうとしなかったといわれる。
* 1988年、当時全国ネットになって間もない頃の『鶴瓶上岡パペポTV』のオープニングで、鶴瓶が高校時代に朝礼台の前に整列し拍手している生徒たちの前で、朝礼台に立ってズボンとパンツを一気にを降ろし、生の尻を見せた瞬間一斉に拍手が止む、といった芸を披露していたと話した。その直後、上岡に「ほな、今ここでやってみい、で(鶴瓶が)ケツ出したら(拍手を)止めるねんで」とそそのかし、2分ほど躊躇・抵抗するものの、とうとう舞台の上で尻を丸出しにしてしまった。
* 1995年大晦日、『裏番組をブッ飛ばせ!!'95大晦日スペシャル』において、泥酔していた鶴瓶は野球拳で負けが込み、最終的には生放送に関わらず、パンツを脱ぎ捨て全裸へ至り、スタジオ内を騒然とさせた。丁度ボディービルダーに隠れていた為、股間露出は免れたが、苦情の電話が殺到し、番組内で謝罪があった。
* 1997年11月にテレビ朝日の27時間チャレンジテレビの企画内で鶴瓶が泥酔し、その後パンツを脱ごうとした。共演のビートたけしも悪ノリし、今田耕司、東野幸治が止めに入るなど番組は終始混乱した(詳しくはブリーフ4を参照)。
* 2002年の27時間テレビの深夜コーナー「さんま・中居の今夜も眠れない」内でのココリコと鶴瓶の山形県酒田市・飛島中継で、深夜に酒を飲んで泥酔していた鶴瓶が尻を丸出しにして寝ている姿が全国に放送された。無理矢理起こされた鶴瓶は突然、「若手時代のさんま駆け落ち事件」を暴露し、さんまなどに“史上最悪の中継だ”と言われた。
* 翌2003年の27時間テレビに出演した際、前回の件もあり、オープニングの長崎県松浦市・飛島中継で「絶対に酒を飲みません」と公言したにもかかわらず、次の中継では既に村長と酒盛りをしていた。夜10時には「居酒屋つるべ」をオープンさせ、隣に座った老婆の胸を揉んだり、放送禁止用語を叫ぶなど失態を連発した。さらにドラム缶の風呂に入るシーンでは、股間がカメラに映りそうになった。その後、「さんま・中居の今夜も眠れない」の中継の時点で鶴瓶は泥酔しており、中居に呼ばれて起き上がった瞬間に股間を露出してしまった。一緒にいたココリコの遠藤章造やスタッフが座布団等でフォローをしたが、手遅れであった。なお、同コーナーの終了後すぐに高島彩アナウンサーが謝罪。後日、鶴瓶はフジテレビに謝罪をした。
* 2003年12月18日放送の『ナインティナインのオールナイトニッポン』にゲスト出演。この日の放送は、この年鶴瓶が『27時間テレビ』で股間を露出したことを受けて、鶴瓶はどうやったら股間を出すのか、今年2回目の露出はあるのかを検証する為、鶴瓶には内緒で様々なことを試みるという内容だった。スタジオの温度を上げ、足元には脱衣籠を用意するなどし、最終的に岡村が脱ぎだすと鶴瓶はあっさりと全裸になった。この時、マイクのスポンジを股間に被せたり、尻の穴に入れたり、椅子に排泄をするなどした。岡村は笑いながらもリスナーに状況を説明していたが、鶴瓶は断固として「こいつらが脱いでるように言うてるだけ」「俺を陥れようとしている!」と言い張った。
* 2005年6月11日に、テレビ朝日で放送された、くりぃむしちゅー・ロンドンブーツ1号2号と共演の『ゆく年くる年への道』の番組中で、2003年の27時間テレビでの失態について、寝ぼけながらも明石家さんまの声が聞こえたため、笑わそうとして、分別が付かず、脱いでしまったと明らかにした。
* 2005年の27時間テレビで、メイン司会という立場ながら、冒頭企画で嫌いな鯖寿司を食べさせられそうになり、その後都内を逃走してTBSまで逃げ、最後はココリコに連れ戻された。これは番組演出で、その模様は随時中継された。番組のラストでは全身に金粉を塗ったパンツ一丁姿で、この年ライブドアによるニッポン放送・フジテレビ買収騒動を受け、本来のテレビのあり方や出演者やスタッフに感謝のコメントを述べた。
* 2006年10月9日の『鶴瓶の家族に乾杯』で、西川きよしにそそのかされ、琵琶湖で泳がされる。このとき「僕はテレビの前で裸になることは本当にやめようと心に誓ったんですよ」と言ったが、最終的にはパンツ1枚になって水に入る。同じく裸で琵琶湖に飛び込んだきよしが着替える際には、きよしの前に立たされ、「芸能生活の中でモザイク(役を)やったん初めてです」と嘆いた。
* 2007年1月2日放送の『鶴瓶・実は丸々一年ず~っとロケしてたんやで正月スペシャル』で、忘年会の席で若手とネタで共演するコーナーに出演したときのこと。酒がかなり進み、ほとんど泥酔状態のまま長州小力との即興コンビを組み、小力と同じ格好で舞台に立った鶴瓶であったが、海パンから股間の一部がはみ出していた。仕切り直して再度登場したが、今度は踊っている最中に失禁してしまった。
* 2007年6月29日放送の『きらきらアフロ』で、鶴瓶がトーク中に体を反ったときにパンツが観客に見えてしまった。その後別の話題になっていたとき、今度はズボンがずり落ち、パンツ丸出し状態になる。慌てて履き直したもののスタジオは騒然。その後スタジオ裏にはけてマネージャーにズボンのチェックをしてもらい、「忘れてください」と言って進行を再開した。
* 大阪のIMPホールで行われていた月刊つるべでは「俺はチ○○から空気を出せる」と言い、股間の先をつまんだ状態で小便をした。一見、先が膨らんで空気が出ているように見えたが、実際は排泄物がたまっているだけであり、辺りに排泄物が飛び散って女性客が悲鳴を上げた。
* 上記の行為をテレビ局の楽屋で間寛平に見せたところ、寛平は驚嘆しながら大量の尿で膨らんだ鶴瓶の股間をギュッとつまんだ。その結果、鶴瓶の股間から大量の尿が飛び出して寛平の顔面にぶっかかってしまった。そのせいで、しばらくの間、鶴瓶は寛平と顔を合わす度に、顔面に尿をぶっかけられたことを非難される破目になった。
* 大阪ローカルの番組『突然ガバチョ!』の本番で下半身を露出したことがある。また、MBSラジオ『ヤングタウン』の放送中(1987年10月)大便をした。
* 芸人同士の飲み会でそそのかされ、全裸で店外に出た途端鍵を閉められ、約1時間半の間全裸のまま屋外へ放り出されたことがある。また、局部に蛍光塗料を塗って暗闇の中を走り回ったり、全裸に脱ぎかけのワイシャツ1枚で袖の部分だけ引っかかっている状態で踊る、陰部をガムテープで張ったりはがしたりする、など、宴会においても露出狂じみた芸を披露していることを本人自身が語っていた。

0 コメント:


一票入れる Thank you!

Do The Left Thing!

Copyleft 2006-2008, owarai minomonta gekijyo All Left Reserved.