『青い芝の会』(※)の横塚晃一が生きていたら、なんと言うだろう?
40年近く経って、何も変わっていない。

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2人殺害の母に懲役3年、執行猶予5年「同情禁じ得ない」広島高裁
障害の2人息子殺害に猶予判決
RCC中国放送
障害のある自分の子ども2人を殺害した母親に対する控訴審判決が25日あり、広島高裁は「犯行の経緯について同情を禁じえない」として懲役6年の1審判決を破棄、執行猶予付きの判決を言い渡しました。
この事件は、福山市新市町の無職、泉ひろみ被告が、2年前、自閉症などの障害がある5歳と3歳の息子を首を絞めて殺害したものです。泉被告は犯行後に自首しました。
1審の広島地裁は、泉被告が心神耗弱状態だったとして懲役6年を言い渡していました。
25日の判決で広島高裁は、「障害児を2人も抱えての育児がどれほど大変であるかは想像を絶するものがある」と指摘、「犯行の経緯について同情を禁じえない」と述べました。
その上で1審判決は重すぎるとして破棄し、懲役3年・保護観察付き執行猶予5年の判決を言い渡しました。
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2児殺害の母に執行猶予 「同情禁じ得ない」広島高裁
産経 2008.11.25 11:24
広島県福山市で平成18年、育児の悩みから自閉症の長男=当時(5)=と次男=同(3)=を絞殺したとして殺人罪に問われた無職、泉ひろみ被告(36)の控訴審判決で、広島高裁は25日、懲役6年とした1審判決を破棄、懲役3年、執行猶予5年を言い渡した。
楢崎康英裁判長は減刑の理由を「経緯について同情を禁じ得ず、1審は重すぎると言わざるを得ない」と指摘。猶予期間中の被告を保護観察にするとした。
判決などによると、泉被告は、18年11月6日、福山市の駐車場に止めた乗用車内で、2人の首を両手で絞めて窒息死させた。
弁護側が量刑不当を理由に控訴していた。
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同じ日に、「男児投げ落とし 男に無期求刑 軽いうつ病の症状はあるが責任能力あり」。
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川崎・児童投げ落とし殺人 無期懲役を求刑
[25日16時49分更新]
ANN
一昨年3月、無職の男が川崎市の高層マンションから小学生の男の子を投げ落として殺害した事件で、横浜地検は男に無期懲役を求刑しました。
川崎市の無職・今井健詞被告(44)は一昨年3月、多摩区の高層マンションの15階から、当時小学3年だった見ず知らずの山川雄樹くん(当時9)を投げ落として殺害した罪などに問われています。裁判では、今井被告の刑事責任能力の有無などが争点となっていました。25日の裁判で、検察側は「軽いうつ病の症状は認められるものの、責任能力はあった」としたうえで、「自分の境遇を不幸と感じ、裕福な家庭を破壊させ、うっぷんを晴らそうとした前代未聞の凶行」と指摘し、無期懲役を求刑しました。
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男児投げ落とし殺害、無期懲役を求刑
TBS
おととし、川崎市のマンションの15階から小学3年の山川雄樹くんが投げ落とされ、殺害された事件の論告求刑公判が横浜地裁で開かれ、検察側は、殺人などの罪に問われた川崎市の無職、今井健詞被告(44)に対し無期懲役を求刑しました。
検察側は「幸せな家庭を破壊する目的を達するには好都合として犯行に及んだ」と指摘、「生命の重さを一顧だにしない極悪非道な犯行だ」としています。(25日18:22)
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細かい経緯を調べていないので、軽率なことは書くべきではないと思うが…
- 障害のある自分の子供を二人殺して懲役3年、執行猶予5年(判決)。
- 他人の健康な子供を一人殺して無期懲役(求刑)。
直感的・感情的には正しいようだけど、本当にそうだろうか?
「計画性」はどちらにもあったもよう。どちらもうつ病ないしうつ状態であったもよう。
「遺族」という視点からは、障害児二人を殺した母は「加害者=遺族」。
- 自分の子供を殺した母親には「経緯について、同情を禁じ得ない」(裁判官)
- 他人の子供を殺した男には「自分の境遇を不幸と感じ、裕福な家庭を破壊させ、うっぷんを晴らそうとした前代未聞の凶行」「生命の重さを一顧だにしない極悪非道な犯行だ」(検察)
命を奪われた子供に罪はない。どちらのケースもだ。自閉症であることが罪であり、殺されてもしょうがないという立場に立たない限り。
つまり、障害児殺しのケースには、厳罰論でさんざん言われる「被害者の立場」「被害者の無念」という視点が欠落している、意図的に無視されているようにみえる。「遺族」が怒ってなければいいのか?殺された子供の無念は誰が代弁してくれるのか?
障害児を親が殺すのはやむを得ないのか?
子供が健常児のケースで育児疲れで殺した場合はどうか?
同様のケースで、たびたび『温情判決』がでる介護疲れによる殺人の場合はどうか?
介護される側は殺されてもしょうがない命なのか?少なくとも一般人よりは『軽い命』なのか?
他人の子供を殺す人間はただじゃ置かない。オーケー。
障害をもった子供を殺すのは同情を禁じ得ない。???
もちろん、障害児を育てることや、痴呆老人を介護することは並大抵の苦労ではなく、誰の助けもなく孤立して抱え込むような状態になってしまえば、まさに「地獄」という表現がふさわしいということも、わたしなりの想像力をめぐらすことが出来る。
この世に存在する「同情を禁じ得ない」状態は障害児を育てること意外にもある。
しかし最近では、他人を殺してしまったケースでは「同情を禁じ得ない」とは世の中も、検察官も裁判官もいってくれない。
うまく頭の中が整理がつかない。
ただ、ひとつだけ言えることは、こうした判決が、障害児を殺してもやむを得ないのだというメッセージを送っている可能性があるということだ。少なくとも障害児の命も健常児の命と同じくらい重く、彼らにだって生きる権利があったのだというメッセージは送っていない。
「『介護殺人―司法福祉の視点から』加藤悦子 (著) 」によれば、障害児を殺す親、痴呆老人を殺す子や配偶者は、四六時中相手と接しているうちに、相手を自己と同一視、もしくは所有物という心理に陥っているケースが多いという。だから自分自身がいっぱいいっぱいになると、福祉サービスなど外に助けを求めず、自分がいなければダメだ→殺害・心中というケースが少なくないそうだ。現在の福祉制度はもちろん完璧ではないが、「殺す以外に方法がない」ほどには不備でないはずだ(例外はあるにせよ)。この母親のケースでも、ギブアップして児童養護施設に子供を預けるという選択肢があったのではないか(この事件の詳細事情を調べないで書いている)。
敢えて冷徹な表現をすれば、相手の命、生きる権利を軽視したエゴイスティックな態度だ。
逆に、同情的な表現をするなら、そうした冷静な判断や行動をとる精神的余裕がないほど追い込まれていたのだろう。行政はもっと早い段階でそれを察知し、最悪の事態を回避するべきだった。
「そうした冷静な判断や行動をとる精神的余裕がないほど追い込まれていた」という情状酌量は、「男児投げ落とし男」には全く適用できないのか?
わからない。もし自分が裁判員になったらどう裁けばいいのだろうか?わからない。
結局、国家や社会が果たすべき役割を怠ったことに起因する犯罪を、あるときは厳罰であるときは温情判決でやり過ごしているに過ぎないようにみえる。そこには司法の独立はなく、行政の単なる補完装置としてしか機能していない。
それでは同じような犯罪が繰り返されるだけだ。
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(※)【青い芝の会】CP(脳性小児麻痺)者団体。特に1970年代に脳性麻痺者の「過激で急進的な」生存権獲得・解放活動を行った。その思想と活動の中心となったのが横塚晃一・横田弘。その活動は「ゆきゆきて、神軍」の原一男監督が「さようならCP」というドキュメンタリー映画にのこしている。
1970年に横浜で起きた障害児殺害事件に際し、
「母よ!殺すな」という言葉を掲げ、
障害を持つ者の生存権を主張。
- 1970年05月29日 横浜市で2人の障害児の母親 下の子をエプロンで絞殺
- 地元を中心に減刑嘆願運動起きる
- 神奈川青い芝の会 減刑運動に反対し、母親の障害児殺しに厳正裁判要求
- 横浜地方検察庁、横浜地方裁判所などに意見書提出
- 1971年10月8日 横浜地裁で懲役2年、執行猶予3年の判決
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